崎山設定:剣の流派について

ねこぢゃらしでやっている「大活劇」リプレイ、「職業、仕事人」。
その中で私が演じているのは南町奉行所の定廻(※)同心、崎山進之助。
表も裏もお仕事中毒、「斬れさえすればそれでいい」という大層物騒な御仁であります。

※定廻(じょうまわり)
「同心」は江戸時代のおまわりさん。
その中でも町の巡回と犯罪者の捕縛にあたったのが「定廻」。
時代劇でよく見る着流しに黒羽織姿の同心「八丁堀の旦那」はこの「定廻」にあたります。



そんな崎山さんの剣術の流派は「田宮流」、ということになっております。
キャラ作成時にダイスで流派を決定したからなのですが、さてその「田宮流」とは一体どんな剣術スタイルなのか?

「職業、仕事人」シリーズ開始直後、崎山という人物を深く掘り下げる為に書物やネットで調べてまとめた自分用の「覚書」がテキストデータの奥から発掘されましたので、ここにも書き記しておこうと思います。

おとなしくWikipediaの「田宮流」参照にすりゃいいんじゃないの?とか思ったんですが、その手をすっかり忘れて一生懸命調べていた過去の自分の為に、そこはあえて考えない方向で。
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【田宮流について】

流祖は田宮平兵衛業正。
その嫡男である初代・田宮対馬守長勝は、大阪冬の陣にて池田信輝の下で功を挙げ、家康に気に入られた。
家康は長勝を池田家からもらいうけ、御三家の一つである紀州の徳川頼宣の家臣とした。これ以後田宮流は紀州にて大きく栄える。
その子の平兵衛長家も達人で、三代将軍家光に招かれて抜刀術を演武。「位の田宮」「美の田宮」と讃えられた。
田宮流は3代目で大成したといわれている。

田宮の直系は4代成道で途絶え、以後は”紀州田宮流”とし、これ以前を”古田宮流”として区別した。

浜松から紀州。紀州から四国西条へ。
現在「田宮流」といえば、西条藩で大成した「田宮神剣流」のことである。
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【新田宮流(水戸田宮流)】

一刀必殺でつとに知られる新田宮流抜刀術の流祖は和田正勝である。長く水戸藩の秘伝として藩外不出であった。
同系統の田宮流居合術が讃岐高松藩に存在したのは、水戸二代藩主の徳川光國の実兄頼重が高松藩主として同流を普及したためである。
特徴は一刀必殺、「先先の先」であり、一刀の下に敵を切り倒すのを極意の一つとしていた。
薩摩の示現流に対する水戸の新田宮流といわれ、幕末期には好対照として語られることが多かった。

好対照、というのは競い合う環境が出来上がったからこそ言えること。
他流試合が認められ、誰でも剣術を(金さえあれば)習うことが出来る様になったのは幕末のことであった。
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田宮流の剣術スタイルは「居合い」であるらしい。
という訳で、挿絵の崎山お仕事シーンも”居合い”を意識した構えに。


【崎山はどこで剣術を覚えたのか】
崎山の”裏の職業”は「用心棒」。太一郎がやっている「暗殺者」や織上の「密偵」に比べると、明らかに腕っぷしに自信のある人間がなる職業である。剣の腕にはそれなりに自信がある筈だ。じゃないとキャラ的に格好がつかない。
武家の長男坊でもあるし、キチンと道場で習っているはず…
しかし、ここで困った記述を見つける。
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紀州藩では大流行だった(他には庄内藩・山形・でも流行したらしい)田宮流だが、江戸に道場は無かったらしい。
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これは困った。
崎山は町奉行の廻り方同心。実質世襲制の役職である。
代々江戸でお役人をやっている崎山家の人間が、江戸に道場の無い流派の剣術をどこで覚えたというのか。

紀州藩主だった吉宗が江戸入りの際に紀州藩の者を連れてきたので、その頃にはもしかしたら道場っぽいものがあったのかもしれない。
しかし、剣術が秘密の技術であった時代、紀州藩以外の人間に田宮流を教えてくれるものなのだろうか?

田宮流じゃない流派にすればいいんだろうが、ダイスの神に逆らうような真似は極力避けたい。
では、どうするか?
どうにかこうにか、つじつまの合う設定を捻出するしかあるまい。

というわけで。
「崎山の先祖が田宮流の流祖か初代の門下生で、その技を代々伝えている」という事にした。
崎山は父親、あるいは祖父に剣を教わったのだ。

そうなるとかなり崎山家アレンジが入った”田宮流”になっているんではないかと思われるが、根は一緒ということでひとつ。


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以上が崎山の剣術についての設定、というか”田宮流”である事の理由付け、であります。

時代劇はエンターティナーだから多少ファンタジーであっても許されるとは思うのですが、
「江戸」という「そう遠くは無い過去の世界」が舞台である以上、「それらしいハッタリ」を利かせるためにある程度の時代背景は知っておきたい!
……と思って無駄に色々と調べすぎてしまった結果、このような「覚書」を作成するに至ったわけで。

おそらく本編では語られない部分なので、こういう設定もあるんだなぁとお茶請け程度に読み流していただければ幸い。
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